藤本義一氏が亡くなりました。

藤本義一氏が亡くなりました。
副題:「我が子への日記」を実践して

直木賞作家で、団塊世代には懐かしいテレビの司会者であったが、氏との係わりは、NHKの文化講演会をラジオで聞いたことからです。

講演会の要旨は、我が子の日記を書き、元服の日に、郵送しよう。さすれば、相当にグレタ子供であっても、親の子育てに感謝し、全うな生き方をするものだ。忙しくて日記など書けない。と、良く聞くが、超多忙の私が出来るのだから、ほとんどの人が出来るはずだ。と、いった内容でした。

ちょうど妻が一子目を妊娠中だったことから「生まれ出我が子へ」と題して日記を書き始めました。当時は、パソコンもパープロも無く、日記帳に自筆で書く訳ですが、これが基本で内容は問いませんが、知らず知らずの内に、病気のことが多くなり、その時々の子育ての苦労が凝縮された内容となりました。

二人目が妊娠した時も、同様に日記を書き始め、その時々の喜怒哀楽が詰まった日記帳となりました。子供達には20歳の誕生日に郵送しようと思っていましたが、小学生の時に知れ渡り、郵送することは叶いませんでしたが、「私が生まれた時は晴天だっただー!!」等々、時折折りの団欒時に写真集と合わせ盛り上がったものです。

我家での子育ても、まったく問題が無かったとは言い切れない状況もありましたが、書いていた日記が、多くを救ってくれたと思っており、藤本氏に感謝して仕切れず、本当に御礼申し上げます。

また、私の経験を踏まえ、職場で職員が妊娠したと報告があった際には、日記帳と、藤本氏の趣旨をしたため、郵送しました。

本当に些細なことのように思われますが、日記の影響力は、親にとっても子供達にとっても絶大な影響力(効果)を及ぼしたと思われます。

子育てに悩む現代の若い親御さんたちに希望の道を示す意味からも、NHKにあっては、藤本氏の死去を受け、追悼番組を計画し、30数年前に放送した講演会を再放送されますようお願いします。